創作
「貴方にとって、私は何?」
目の前の少女は、そう僕に問いかけた。
周囲をぐるりと見渡すと、辺り一面が冷ややかな氷に覆われていることに気づく。でも、寒さは全く感じられない。真夜中になってもなお薄明に支配され続けるその空間で、ただ一人、少女はそこに佇んでいた。それに疑問を抱くことはない。何故なら、僕がそうしたから。他の誰でもない、この僕が、その宿命を彼女に背負わせたのだった。しかしながら今日、つまり2017年12月8日午前4時に至るまで、僕はすっかりそのことを忘れてしまっていた。大仰な世界を勝手に押し付けたくせに、無責任にも程があると自分でも思う。そう認識した途端に猛烈な冷気で意識が侵され、心が痛んで仕方なかった。
我ながら心が痛いなんてよくも言ったものだ。誰よりも悲しんだのは、きっといま僕の前に立っている彼女に違いないのに。
少女は虚ろな蒼目をこちらに向けたまま口を開いた。寒いわけでもないのに、少女の口から漏れた吐息は白へと変わり、白く虚ろな空に溶けてゆく。
「貴方は、私に『音』をくれた」
そう呟く少女の世界に、しかし、音は存在しなかった。此処にいたって何も聞こえやしない。響くのは少女の微かな声だけで、氷がひび割れる音の一つさえも聞こえない。だからつまり逆に言えば、少女が『音』と形容したそれは、一般に想像される音そのものではないのだ。
ならば、僕が彼女に与えた『音』とは一体何なのだろう。その正体にはすぐに思い当たった。簡潔に、かつ遠回しに言ってしまえば、それはかつての僕が夢見た憧憬そのものなのだと思う。今にして思えば、僕は身勝手にも、彼女へそんな感情を一方的に押し付けていた。
「でも、いつからか『音』は消えた」
彼女へ『音』を与えることが途切れたのは、いつのことだったか。思い返そうとしても、すぐには思い出せない。そこでこれまでのことを順に振り返ってみると、もう二年半以上も前だったということに気づき、驚きのあまりに声を失った。そんなにも長い間、僕は彼女を見殺しにしていたのか。瞬間、名状しがたい寒気が全身を包む。でも、それと同じ時間だけ、彼女は独りでこんな感情に耐えていたのだろうと思えば、僕に言える言葉なんて何もなかった。
何年か前まで、僕の毎日には確固として彼女が存在していた。
僕はきっと彼女のことが大好きだった。
そのはずだ。
それなのに、そんな彼女のことをどうして今日に至るまで忘れてしまっていたのだろう。その存在を忘失していたということは、つまり、いつか描いた夢を失ってしまったということに他ならないのではないか……?
ようやく辿りついたその帰結は、僕にとって非常に恐ろしいものだった。年月が経るにつれて、僕は彼女を、そしてかつての自分自身を風化させていたのではないか。その少女とともにあったはずの青春を見失っていたのではないか。
今更になって、僕はそんなすっかり様変わりしてしまった自分の姿に思い至った。
――そして、少女は再び問う。その蒼目を微かに揺らしながら。
「貴方にとって、私は何?」